河内ワイズブリテン2012年12月号検索用テキスト

河内ワイズブリテン2012年12月号はこちらです。

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おまめの話し
「どうしてお正月に豆をたべるの? 
       大谷美佐子
早いもので師走になりました。最近、雑誌にお豆の記事があり、少し調べてみました。お正月のお料理でもお豆を使いますよね。
豆にはいろいろな種類があり色や形、大きさも様々、世界中でもいろいろな料理があるようです。特に日本人は行事やお祝いにお豆は欠かせないもののようです。お正月には皆様ご存じの・豆きんとん(大福豆)「財産が増えるように」・お多福豆 (そら豆)「多くの福があるように」・黒 豆 (黒大豆)「まめに元気でくらせるように」一年を通じては、鏡開きのぜんざい、節分のいり大豆、彼岸のおはぎやぼたもち、端午の節句の柏餅、その他お祝いの時に食べる赤飯(あずき・ささげ)と伝統行事には多く使われています。豆の働き・パワーは素晴らしく優れもののようです。体の中の血や肉をつくる。体温や力のもとになる。体の調子を整える。丈夫な骨や歯のもとになる。貧血を防ぐ。腸の調子を良くする。など優れもので、お米だけでは不足しがちな栄養分を豆と組み合わせることで上手に補うことができるそうです。そして・・・よく見るとお豆にもついているおへそ。おなかの中で赤ちゃんはお母さんからへその緒を通じて栄養をもらいます。豆のおへそも、さやと細い管でつながっていて栄養をもらっている。熟した豆はそのままでは食べられない。豆=タネ。タネは外敵に食べられないように固い皮で身を包み、生で食べると害がある成分を持っており、煮ると体に害を与える成分もなくなるそうです。此れからの季節、コトコトと煮込んだ美味しいお豆を食べて元気に過ごしましょう。

  

                 報告: 望月 強
日時:2012年10月18日(木)18:30~20:20
会場:大阪東YMCA サンホーム 6階
出席者:メン・伊藤圭介、岩坂正雄、加藤寿枝、佐古至弘
正野忠之、新本英二、杉村 徹、田中惟介
中野義彦、畠平剛志、藤井敬子、丸尾欽造
宮本桂子、望月 強、横田憲子
  メネット・伊藤玲子、大藪暢子、新本力子、中野涌子
初田真佐子、丸尾初子、望月治子
  ビジター・今井利子(大阪なかのしま)、松岡虔一(大阪サウス)   
  ゲストスピーカー・奥野 誠
                   以上25名                 
会長の時間
奈良チャリティラン無事終了し奈良YMCAよりお礼のお電話がありました。11/11東YMCA40周年式典ユースリーダー4人による弦楽などもあり、YMCAの歴史を学べる式典だった。
新年合同例会12/14締め切りです。

奥野 誠 氏 × 田中惟介 君( 対談形式による卓話)

田中君より資料説明 “ヒロシマ・ナガサキに投下された原子爆弾はホピ族の聖地から掘り出されたウランから作られたものだった。ホピ族には数千年の昔から偉大な聖霊から与えられた予言の石版があり、そこには「灰の詰まったヒョウタン」とよばれた原爆投下や人類と文明の破滅と再生が予言されている。”
“ホピ族は居留地に住んでいるが本来住んでいた土地がありその地下にウラン鉱石がありました。人間が安全な使い方が分るまで決して掘ってはならないと精霊に言われそれを守っていたが白人が現われそれを掘り出しヒョウタンに詰めヒロシマ・ナガサキに投下しました”

奥野誠氏のお話
2−3年前に本職の紙についての話をさせていただいた。毎年6月頃展覧会をさせていただいている。田中さんとは展覧会に来ていただいた時に色々と話をさせていただいている。
原発の話や、インディアンの話は、本職ではないので話すのにためらいがある。ホピの予言、和歌山原発、デニスバンクスと3つ書いていても、皆様イメージも出来ないものと思います。
26年前にチェルノブイリの事故がありました。チェルノブイリ事故から北半球に2回放射性物質が降りました。
チェルノブイリ事故の年の宮崎県で取れたお茶は昨年静岡で取れたお茶の10倍の放射性物質が検出されたけど、報道はされていない。
我々が生きているのを現代とすると、自分だけでなく自分を含めて俯瞰するように文化等を見てみたいと思います。
龍神村に引っ越して2年後(1986年4月)にチェルノブイリ事故がありました。山村は水道ではなく、谷水を飲んでいるので、その時の水は汚染されているはずです。その頃、日の岬に原発の予定地があった。田舎に住んでいる方がそういうこと(水の汚染)が余計分かります。
大阪では水道をひねった時に琵琶湖淀川を思い浮かべないけど、山村では水道をひねった時に水源の事を思います。山では米は買った方が安いけど、作って食べている。そこでどこで作った米なのかは明確に思い浮かべる事が出来る。これが人の暮らしの原点かなと思います。
そんななか、日高原発の反対運動にのめり込んで行きました。
日本では原発は海沿いなので、漁協の判断にゆだねられる。漁協は一人の方が体を張って反対され、関西電力も予定地を日高町に寄付した。反対運動は得意な人と苦手な人がいて、私は苦手な方で、しんどいこともある。
セイクレッドランで広島から各最終処分場の幌延まで走るのを受け入れたのがアメリカインディアンとの関わりのはじめです。
アメリカインディアンと核の問題について取材した映画の完成が86年でちょうどチェルノブイリの年で、我々も原発反対運動を上映した。
なぜアメリカインディアンなのかというと、広島の映画を上映した時にインディアンの方が来られていて、なぜかと聞くと広島に落とされた原爆はアメリカインディアンの土地から掘り出されたものだと聞いた。
アメリカインディアンというとディズニーや西部劇で描かれているものがあるが、あれは全部嘘。羽飾りも正装で普段はしない。人類の歴史は10万年といわれている。欧州にはネアンデルタール人がいた。フランス、ラスコーの壁画はクロマニヨン人でクロマニヨン人はホモサピエンス。アメリカインディアンの赤ちゃんには蒙古斑があるのでモンゴロイド。漢民族、アイヌには蒙古斑は無い。南北アメリカ大陸が最後の人類の到達地で、氷河期にベーリング海峡を渡ったはず。
アメリカインディアンは平原インディアンと言って、4−5万年前にアジアから渡った人だと思う。そこから2−3万年前にアラスカに行ったのがエスキモー。太平洋岸にクアキュートという海洋民族の方々がいるが、彼らはアイヌと文化的に同じ。
北アメリカには平原インディアンという部族が300以上あった。それが西部開拓時代に虐殺されて今は100かろうじて残っている。
そのような動きの中で、戦後アメリカインディアンの復権運動が起こった。その中心的人物の一人がデニスバンクス。
デニスバンクスは朝鮮戦争時にパイロットをしていて、退役後アメリカインディアンの復権運動に目覚めた。そこで日高原発の最終日に反対運動をしたリーダーがデニスバンクス。

田中 紀伊半島に原発が無い理由は?
奥野 日高、日置川、那智勝浦
那智勝浦、日高は反対運動でつぶれたが、日置川はまだ
関西電力は土地を保有している。関西電力は3つ予定し
て、2つはダミー。油断していたら日置川につくられる
可能性がある。
田中:大阪にも実験炉がありますね
奥野:熊取に小さな原子炉がある。
田中:熊取は発電をしている?
奥野:していません。原子炉の話をします。発電のために作るのが原子炉ではない。
広島原爆はウラン、長崎はプルトニウムです。
プルトニウムはウラン鉱石 ウランは235と238がある。235は不安定で核分裂する、238は安定で核分裂しない。238は2%、これが核分裂して238に中性子が一つはいると原子番号239プルトニウムになる。原子炉はプルトニウム、核兵器を作るためのものであり、発電するためのものではない。
蒸気機関1/3だけが発電に使い、2/3は海に捨てる。
100万キロワット級の原子炉を1年使うと1日で原爆
3発分の熱量を発生し、1発分で発電、2発分で海を暖
める。
田中: なにか 面白い話して
奥野: 山師の言葉にインディアンの聖地を掘れというのがあ
る。インディアンの言葉に地下資源は大地に眠らせて
おけという言葉がある。人類がそれを使う知恵を持て
ば掘っていいというのがホピ族の言葉です。
田中: 聖地を追いやるために居留地に追い込んだ?
奥野: 白人が欲しい土地を手に入れるために、インディアン
を居留地に追い込んだ。アメリカインディアンの中で
最も大きな部族がナバホ族。ホピ族はナバホの居留地
の中に小さな居留地がある。アメリカ政府は3−4歳で
子供を親から引き離し、インディアンの言葉と儀式を
禁止した。アメリカインディアンは現在、言葉、儀式
の復活を試みているが、ほとんどの部族は途絶えてい
る。アメリカインディアンには文字が無いので、簡単
に文化が途切れてしまう。アイヌの人も同じ。アイヌ
語をしゃべれる人がいなくなった。
デニスバンクスの日本入国時にもめた。USAのパスポー
トを持たず、ホピネーションのパスポートを持ってい
たから。シックスネーションの人も同じ。

田中: 合衆国政府がシックスネーションにパスポート発行を
認めた。
畠平: 北朝鮮に軽水炉をと進めているが、軽水炉でも原子爆
弾は出来る?
奥野: できます。原子力産業の人は原爆が出来ようが地球が
汚染しようが戦争が起ころうが頓着しない、彼らはお
かしい。
望月: 原子力がダメならロウソクの世界に戻る?
奥野: ウランの方が先に枯渇する
望月: 高速増殖炉「もんじゅ」については?
奥野: 制御不能だと思います。高木仁三郎さんの話に 天の
理、地の理と言うのがある。核分裂核融合は天の理で、
これを地の理にもってきてはいけない。いずれ使える
知恵を得れば使える。停電を受け入れねばならない。
望月: ろうそくの生活にせねばならない?
奥野 そうはならない。
田中 今日は原発の話をしようと思ったのではない。続きは1F
ロビーで。もっと自由に、本音の話を!
                        

      

2012年11月3日 生駒山麓公園に於いて開催されました。天候に恵まれ絶好の体育日和です。初めての試みで、参加チームが少ないので河内クラブから1チームの参加を要請されました。クラブメンバーだけでは走る人は少なく、やむを得ず社員を巻き込み[MOCHISAN]チームを結成しました。(株)望月の社員3名と田中メンと私を加え5名の1チームがそろいました。宣言タイムですから、ガムシャラに走る必要がないので、気楽に申し込みをいたしました。一人がトラック一周300mを4回走る、それを5人がタスキを繋いで走ります。先ず宣言タイムを決めるのに、それぞれがトラック1回周り、その合計を4倍すれば40分になりました。田中メンから異論が出ました。一周回るのさえ息切れしているのに回を重ねれば遅くなる、安全値を5分とり宣言タイムを45分としました。本番となれば、応援も多く歩くわけにもゆかず、それなりに頑張ってしまいました。結果として10分近く短縮し35分15秒でゴールをし、16チーム中14位でした。
 私も73歳、無理したらアカン、こけたら骨が脆くて折れてします。膝も心配です。応援の力は凄い河内のメンバーから「ガンバレ」の声援に歩くわけにもいかず、最後まで走りました。田中メンも応援に支えられて同じ気持ちで走ったと思います。
 今回、タイム差を計算するプログラムをエクセルで作成したので、パソコンに向かっている時間が多く全体を見られなかった。奈良の地で開催され、キャラクター遷都君(セントクン)も応援に駆けつけてくれ、奈良らしい楽しさ一杯の大会でした。
河内クラブからの参加者 
正野阪和部長・横田書記・望月会計・田中メン・中野メン・藤井メン・佐古メン・伊藤メネット・望月メネット

東大阪の地に「YMCA」の小さな種が播かれ、地域社会の中で育てられて40年。その節目をお祝いする「東YMCA開設40周年記念会」が、11月11日(日)午後3時からサンホームにて開催されました。開設当時から、様々な立場や形で礎を築いて来られた内外の関係者の方々をはじめ、歴代スタッフの方々や地域の子ども達と心を分かちプログラムに献身されてこられた元リーダーの方々などおよそ80名の方々がご出席くださいました。
〈感謝記念礼拝〉では、松岡虔一牧師(社会福祉法人大阪YMCA元理事長)から「万事を益とされる神」としてメッセージを頂きました。東Y・サンホーム・河内ワイズを三位一体と説き、その歴史の間にそれぞれの力が組み合わされて大きな働きになったことを称え、勇気と希望を授けてくださいました。
〈記念会〉では、岩坂正雄氏(元大阪YMCA副総主事)から「東大阪の地に種が播かれ」と題して話されました。その土起こしから水遣りに始まる小さな振動が地域の手に伝わり、苗木が育っていく過程での試練、様々な方々の歓声や愛の手に支えられた今日までのこと、心に深く刻まれた想い出の数々を時の流れに浮かべて語ってくださいました。  
ゆずリーダーが学友と共に弦楽四重奏で心の癒しとなる数曲をご披露下さり、感動に揺さぶられた心に滑らかな落ち着きを与えてくださいました。
〈懇親会〉は、1階ロビーで準備が整えられていました。佐古至弘氏(東YMCA40周年記念事業 実行委員長)から喜びと誓いの辞を添えて乾杯のご発声。サンホーム「食生活創造室」の皆さんがお創りになった名物メニューの数々が見事にアレンジされていて、みんなで美味しく楽しくいただきました。
社会環境の変化への難しい対応や次世代への展望を探りつつ歩みを進めて今日、幼児から高齢者に亘る幅広い人たちへの使命に応えて活動してきたYMCAの足跡をあらためて振り返ってみるひとときになったのではないでしょうか。立派な社会人としてお働きされておられる多くのリーダー卒業の方々にお会いすることもできました。次の担い手としてどうしてもカムバックしてもらわなくてはなりません。
この記念日を迎えて大阪河内ワイズメンズクラブ会長・宮本桂子さんからお祝いが松野時彦・東YMCA館長に贈呈されました。50年へのプロローグ、東YMCAに集うワイズメンが果たしていかなければならないことは多くあるでしょう。
出席者は、岩坂正雄、大谷美佐子、佐古至弘、新本英二、正野忠之、杉村 徹、田中惟介、藤井敬子、丸尾欽造、宮本桂子、横田憲子、伊藤玲子、丸尾初子、望月治子のみなさんでした。

             
 特別寄稿

                
              
手記:森 松 明 希 子

2.~大阪での1年~(前月より続く)
そんな交流会を企画して下さった団体や、その間、保育のラ
ンティアに協力して下さった方々の存在のおかげで、 私は今まで何とか乗り切ってこられましたし、これからも乗り越えて行かなければならないと思っています。
 1年前の私は、悩みながら、避難することは本当に正しかったのか?と 常にブレながら、悩みながらの避難生活でした。
でも、今では、たとえ母子避難の苦労は大きかったとしても、
それでも福島から出てこられた私たちはまだラッキーなのかもしれないと思っています。        
 いろいろな事実が明るみに出るにしたがって、 そして私を含め、避難民などと呼ばれる人がこれほど多くいる現実を目の当たりにして、 避難したことについての迷いは、全くといっていいほどになくなっていきました。むしろ、避難は正しかったのだ、という確信に、今では変わっています。私と同じ年頃の乳幼児をもつご家庭のお母さんで、 福島に住んでいて不安のないお母さんは、私の知る限り、ひとりもいません。
 子どもを外遊びさせられるところを日々求めて、また、長期休暇にはプチ避難(保養)出来る場所を探し求めているも、ご親戚も全て福島県民という方も多く、ほんの少しの間でさえも福島を出られない… そんなご家庭はたくさんあるのです。

 私も身動きを取れないでいた避難所にいる間の1ヶ月の間、なんとか福島県での生活の再建をはかろうと、相当悩みましたし、人生で最も多く、深く考えた日々でした。
 今よりもまだもっと様々な情報が飛び交う中での放射能汚染についての「不安」感、 福島での生活再建をずっと視野に入れて考えに考え抜きましたが、 やはり、結論は、逃げられるところがあるなら、そして避難できる可能性があるのなら、避難すべきだし、そうすることが子どもにとって一番だ、というものでした。
 得体のしれない不安感や恐怖の中で、 常に心配しながら、しかもいろいろなことを制限されて生活するのほど ストレスフルなことはありません。
 晴れの日、お布団は必ずお日様に当てるために外に干していました。それをすべて布団乾燥機に切り替える。 洗濯物もさほど広い家でもないのに全部部屋干し。
福島では朝晩は結構涼しいので、夏でも我が家はエアコンを作動させることはほぼ皆無でした。
 窓を開ければ風が強いので真夏でも結構涼しく何とかしのげます。 それが、夏も冬も年中エアコン… それが当たり前の人にとってはなんでもない事なのかもしれませんが、 こんな細かい日々の暮らしを いちいち放射能の子どもに将来あたえるかもしれないという影響を考えて 変えて行かなければいけないのです。
 上記の例は、ほんの生活の一部で、それこそ、本当にいちいち、細かいことについていちいちなのです。
正直、放射能は目に見えないので、 もう忘れて目をつぶって放射能汚染のことはなかったことにしよう、 大丈夫なんだと思うことにしよう、としてしまう自分が容易に想像できました。
でも、我が子の事を本気で考えたら、やっぱり妥協はできないだろうし、 本気で考えたらノイローゼになりそうだし… 本当に日々悶々と考え続けていました。
 何が嫌かというと、確実に健康被害が出るから予防的に何か対策をとる、というのではなく、可能性があるからこうしておいた方が良い、という、極めて曖昧な不安感や恐怖感のために、
生活全般の細かいことについて神経を払う、というのが 本当に疲労困憊を招くし、精神的に心底消耗するのです。
母親だったら容易に理解できると思うのですが、 子どもに少しでも悪いかもしれない、という選択肢を選択する人はいないと思います。
今、4歳になった息子は、 毎日のように自転車に乗って家前
の公園に出かけていき 一度外に出たら帰って来ません。1年前はまだ幼すぎて自転車にも乗れませんでしたし、子どもに外遊びは大切、必要とは頭では分かっているつもりでしたが、
ここまで外遊びが好きな生き物だとは恥ずかしながら考えてもいませんでした。
 息子が、幼稚園(でも十分外遊びさせていただいてます)から帰ってすぐまた、 公園に飛び出していくのを見て、 毎日のように「大阪に来て正解だった」と思っています。
1歳の娘は、公園で砂浴びをするのが大好きです。 お部屋に閉じこもっていられるのはゼロ歳児のほんの数カ月の間だけです。
歩き始めたら、屋内のみの生活などおよそ不可能です。
今では毎日砂を浴び、ヨチヨチ外をお散歩するのが大好きです。
道路はかならず側溝の上(放射性物質がたまりやすくいわゆるホットスポットとなり易いところ)とかの道の端を歩きますし、
歩くと必ず1回はコケます。 コケたら当然手をつきます。
今の私は、コケて顔に怪我でもしやしないか、 それだけを心配すれば良いのです。
1歳の子どもが道路で転ぶ、当たり前の動きに対して、 いちいち放射能による健康被害のことまで心配しなくて良いのです。
 私の言っている普通の生活とは、 そんな本当に些細なことをいうのです。震災とそれに伴う原発事故を経験して、私は「あたりまえ」「ふつう」の概念が変わりました。 価値観も、人生観も、それから物事に対する評価基準もすっかり変わってしまいました。
 自分の子供たちには本当の意味での「生きる力」「生き延びる力」をつけていってほしいと考えています。 そう教育していきたいし、今はその試練の時なのだと思っています。

最後になりましたが、 最近読んだ本のサブタイトルがとても共感できたのでご紹介します。
 「自分の頭で考える事こそ最高の危機管理だ」 というものです。あれほどの原発事故を引き起こしてしまったのに、国は何
の手だても、解決策も見出せず、ましてや原因解明すらなされていないままに、 再稼動に舵を切ってしまいました。
 一部の地域の国民が犠牲を払いつづけてもなお、国は何も学ばないのだと、驚愕し、心底失望いたしました。
 私は最終的には、「自己判断」「自己決定」「自己責任」なんだと 日々痛感しています。被災を通じてそのことを再認識した次第なのです。それでも、心ある方々や、ボランティアの方、地域の方々の温かいお気持ちや、 お心遣いに支えられて、日々私たち親子は暮らしていられることに、心の底からお礼を申し上げたいです。
 
本当にありがとうございます。
 乱文お許し下さい。
 最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。
 以上です                   [完]

【お詫び】 筆者のお名前表記が前二号(上・中)で亜希子様となっていましたが「明希子」様でした。お詫びして訂正させていただきます。

報告・書記 大谷美佐子
日時:2012年11月22日(木)19:00~20:30
場所: 東YMCA
出席者: 宮本・田中・中野・藤井・畠平・横田・望月・杉村・加藤・丸尾メネット、伊藤・佐古・岩坂・正野・大谷
12月クリスマス例会 
12月16日(日) リッツカールトンホテル 19:00~21:00「めくるめく ひとときを!仲間たちと ともに・・・」 
   担当:プロジェクト委員&A班 
12月例会役割分担
司会進行  田中 君  聖句朗読 岩坂 君、 食前感謝  岩坂 君 ニコニコ 日の参加者 、会計 中野・藤井 君
1月号ブリテン原稿
12月例会報告 望 月 君 12月例会にこにこテープ起し 田中 君 12役員会報告  大谷美佐子 君 Yニュース       重信直人 さん サンホームニュース   杉村 君  
巻頭言 宮本 君  原稿最終締切は 12月18日です
《審議事項》  
1.クリスマス月例会に関して  プロジェクト委員長 田中 
    ・連絡主事の杉村君を招待すること承認する。
    ・インフォメーションは時間の都合上ペーパーで用
意すること。
2、1月例会に関して  担当  B班 
    ・役員選挙・ロビー展審査発表・ミニオークション      
3、ロビー展について      加藤
    ・準備日・12月22日(土) 10:00~ 
  ・河野先生審査日・12月22日(土)13:30   謝礼…5000円
    ・人気投票はコインの枚数で決める(10円玉)
    ・ロシアからの写真が沢山届いていると伊藤メンか
ら報告あり。 
4、らくらく車椅子登山プロジェクト委員長について  中野 
    中野事業委員長多忙の為辞退、後任は検討中。 
5、次期副会長推薦に関して  横田
   候補推薦者決定の報告があった。1月例会で信任投票を行う。
6、DBC締結について EMC 交流 正野・岩坂・大谷
    ・会長より阪和部交流主査にプロフィールを提出、阪和部、琵琶湖部の部長を通じて「滋賀蒲生野クラブ」にDBC締結に向けての交流を進める。
     ・12月クリスマス例会に河内クラブより参加 於:ニューホテルオオミ 12月11日(火) 19:00~21:00   参加者  宮本,岩坂、正野、望月、大谷
7、東YMCAクリスマス会について   杉村
    ・12月2日(火) 10:00~16:30
     参加者メン  宮本、丸尾、横田、新本、藤井、中野
    メネット  丸尾、伊藤、大藪、新本、中野、初田
8、東日本大震災被災者の東Yクリスマス会への招待について   横田
   ・サンシャインキヤンプの家族を招待してはどうかと提案あり。2家族を招待することを決定…1家族
5000円
9、阪和部特別会計について      宮本
   YEEP事業残162,998円、環境事業残135,000円の特別会計計上をなくし 一般会計に算入する。
   上記について河内クラブは部長の方針を支持する。
10、河内クラブ例会についての提案   正野
    部長として他クラブを訪問し気づいたこと
      良さ・・・ニコニコで全員が話すこと
      改善が必要・・・時間の配分、タイムテーブル
明示
    この件に関し役員会では時間が足りない為第2例会で話し合う。
11、国際協会  ワイズの名称(呼び名)及びロゴマークの変更について
    来年の春に決定のようでその件について話し合う機会が欲しい、質問をしたいとの意見が出る。
    第2例会又はクラブ研修会で時間をつくる。
 第2例会・・・12月6日(木)・20日(木)
12.阪和部会余剰金
    リーダーのための活動に使用・・・承認する
 《報告事項》 
1、 阪和部会評価会 11/1(木)
・ リーダーの出演が非常に良かった、外国からも良いと評価があった。
・食事の有無の明記が必要であった。
・全体的には初めての試みであったが大盛会で非常に良かった。 
2、 メネット会より報告
・11/15  例会前の時間   クリスマスに向けての手作業。
・11/29(木)14:00~17:00 クリスマスに向けての手作業。   
《連絡事項》
1、東YMCAクリスマス会 12月2日(日)
 10:00~16:30  東YMCA サンホーム 
2、西日本区メネット事業 12月15日(土) 
13:00~17:00  和歌山YMCA
3、新年合同例会 1月12日(土) 
12:00~15:00 ホテルグランヴィア和歌山
4、ロビー展 12月22日(土)~1月17日(木) 
 サンホーム1Fロビー
5、なごみ  11月 中止
                       以上
                                 

  
アメリカンインディアンと原発に感心がよせられて

■横田憲子:前回と全く違った話で、難しかったです。■望月 強:あとで先生と第2ラウンドを。社員の奥さんが動脈瘤破裂で亡くなりました。寒くなってきたので皆様くれぐれもお気をつけください。
■佐古至弘:東Y40周年たくさんご参加ありがとうございます。プログラムを見てはじめて実行委員長だとわかりました。記念誌の編集を引き受けています。■岩坂正雄:家族で一番の原発推進者は家内で、一番の反対者も家内なんです。その自己矛盾に気づいていない家内に電気が無くても人間生きて行けるのだとわかったと伝えたいと思っています。
■新本英二:上関原発が2~30年止まっている。最初に道路拡張で通りやすくなる事から始まる。この段階では反対運動は無い。便利になってから、原発周囲の人が騒ぎだして、遠くはなれた反対派の人が集団で入ってきてむちゃくちゃになる。瀬戸内海の陸続きの島に作ろうとして出来なかった所です。こういう所もある。■畠平剛志:原子力の話になるとまとまらないので、ホピの話を聞かせていただいたほうが・・・例会後、下のロビーで聞かせて下さい。先月初めにバイクで事故りまして、大したことは無いと思っていたのですが ドクターの最終診察で一昨日、膝の靭帯に問題があるといけないので開けてみましょうと言われました。来月のクリスマス例会にかかってしまい出られなくなりました。悪い事もあり、今日のランチョンマットの当りがあり、釣り合いがとれてるかなぁと(笑)思いました。■今井利子:ウランが数を上げながらプルトニウムになるということは無くならないのか、孫の頃になると無くならないのか。有害なものが無害になるのか(何万年もかかります)永久に近いのかなと思います。もっと広い所でお話が広まればと思いました。
■松岡虔一:ホピ族についてもっと聞きたい。ネット調べられるのでしょうか?(奥野 偏りもありますが・・・)
■田中惟介: ありがとうございました。(奥野 なんか ちょっと申し訳ない・・明日田中さんに怒られるかも・・)子供の小さい頃、色が浜と言うきれいな海がある敦賀の裏底へ毎年行ってました。それと最近は三方五湖から若狭方面へ良く行くのですが、小浜の町は寂れているのですが、大飯に入ると道も広くなり、立派な箱物があります。大飯を抜けるとまた何もない。原発関係にどれだけお金を落としているのかと思います。すぐにやめると技術者もいなくなるし、ソフトランディングを考えて行く必要があると思います。
■奥野誠:アメリカインディアンの話をするつもりが、原発の話になって申し訳なかった。下で、時間があるようなのでもう少し 僕なりのアメリカインディアンについてのお話、文明と先住民族という話でまとめたかったので 1Fではなしましょう。■宮本桂子:ホピ族の話はあとでしていただくということで楽しみにしております。私自身は原発はよくわかりませんが、個人的にはあまり好きじゃないなぁと思っています。
■加藤寿枝:ありがとうございました。いろいろお話聞かせていただいて勉強したいと思います。
■杉村 徹:モンベルの機関誌に坂本龍一と社長の原発に関する対談が出ていました。街頭募金、よろしくお願いいたします。
■伊藤玲子:戦後の発展が夢のようでしたが、原子力の発電にともなっていたのだと思います。プルトニウムなどは主婦の感覚ではよくわかりません。日常生活で節電していこうと思います。
■新本力子: ゆっくりさせてもらいました。
■中野涌子:最近メネット会が例会の前に行われていて、そちらの方にエネルギーを使い果たしました。
■望月治子:我々は良いが、若者の事を考えると節約に耐えられるかなぁと思います。
■大藪暢子:もう少し文明と先住民族のお話が伺えればよかったなと残念です。文化と文字を切り捨てられると後に伝えられないので、美しい日本語を大切にしたいと思います。
■伊藤圭介:東日本で原発がメルトダウンした3日後にオルガ
から孫をサンクトペテルブルクに避難しても良いよというメー
ルが来ました。ロシアではメルトダウンについてセンシティブ
になっている。ロシアからロビー展に写真が80枚以上来てい
る。チェジュからはまだ返事が無いので督促したいと思います。
■藤井敬子:和歌山の地名が色々出たが南海地震が取りざたされている。地元の人はどう思われているか? ❈基本的には忘れているが、意識のある人は考えている。(奥野)
藤井: もっと報道されても良いのでは?と思いました。
■中野義彦:天からの授かり物というのを聞いて、新しい家で
太陽光発電をしていてこれも天からの授かり物だと思う。技術
的にこれから発展して行くのですが、一部でも使って行かない
と発展しない。❈天の理、で授かり物とは違いますが・・(奥野)
■初田真佐子:原発反対というが、風力も音がうるさくて減っ
てきてるということを聞くと、人間も身勝手だなぁと思います。

    

  
      

     
   

    
会 員 数    19 名 
(特別メネット会員数)     1 名 
 11月例会 会 員 出 席 者   15 名
 メイクアップ    1 名
 11月 の 出 席 率  84.2 %
 ゲスト・ビジター出席数     3 名
 メネット・コメット出席数     7 名
 例 会 出 席 者 総 数    25 名 
役 員 会 出 席 者 数  15 名
 11月 延 べ 出 席 者    40 名  
11月ニコニコファンド   20,500 円

  同  今 期 累 計    82,600円

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